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祖父のこと

先日祖父が亡くなった。89歳だった。
すこし前からもう長くないという話は聞いていたのだけど、訃報を聞いた時は頭が真っ白になった。
祖父母宅に慌てて駆けつけ、通夜・葬式等々の全てが終了して自宅に帰るまで、本当にあっという間だった。
いとこと何度も「なんだかあっけなくてあっという間だったねえ」と言い合った。

亡くなった当日、納棺までの間、祖父の眠っている布団の周りを母やいとこ達と囲んで色々な話をした。
祖父との思い出や各々の近況や他愛も無い話をし、しんみりしたり時々笑ったりしていた。
話しながら、こんなに近くに生と死の境界線があることが不思議でならなかった。

ふと祖父の枕元を見ると、折り紙で作られた小さな足の模型があった。
戦争中に片足を失った祖父が天国でも歩けるようにと、いとこが作ったのだそうだ。
「義足は大きいし、金属が入っているから棺桶には入れられないだろうし」とのこと。

途中で、死人を前にこんなに普通にわはわは笑ったりしていていいのかな、とも思ったりしたけれど、
自分が死んだ時、しんみりされるよりもこうやって笑ってくれてた方が良いかもなあと思ったので良いということにした。

祖父の死に顔はとっても穏やかだった。(よくこの「死に顔が穏やか」っていうのは誰にでも使う無難な表現方法みたいに思ってたけど実際に本当に穏やかだったのでそうとしか言い様がなくてびっくりした)
肌も陶器のように綺麗だった。

祖父が亡くなった悲しみとか喪失感とか、いずれ自分も死ぬんやな、みたいな恐怖が同時に押し寄せてくる中、通夜と葬式が行われた。

葬式が始まった瞬間、ざっといきなり雨が降り、終わる頃には止んで晴れて虹まで出ていた。
我々の気持ちや都合で天気が左右されることなんて無いってことくらいは重々承知しているのだけど、それでも何かを感じずにはいられないような天気だった。


(幸せなことに)今まであまり葬式に参列したことがなかったので、
悲しみモードを飛び越す勢いでの衝撃がいくつかあった。

まず驚いたのがぼんぼり。
厳かなセット(?)の中に置かれたぼんぼりがものすごく派手で目立っていた。
ぼんぼりってそういうものなのかもしれないけれど、紙部分の中にライトが入っていて、そのライトが赤・黄・青とカラフルな上にミラーボールのようにくるくると回っていた。なんだかそこだけ異様にポップ。

あとはお坊さんがお経を唱える以外に色々不可解な行動をしていたことにも一々驚いた。
不可解な行動っていってもきちんと意味がある行動なのだろうけれども、何も知らない私から見ると、
「なぜいきなり棒を持って舞い出したのか、というか何故そのまま棒を投げてしまったのか。」「扇子のようなもので棺桶ぺしって叩いたけど大丈夫なのか」とか、書いてて怒られそうなんだけど本当に率直な感想はそんな感じでわなわなしてしまった。

ここまでは 悲しみ&驚きの方が大きくて笑うってことはなかったのだけれど、
お坊さんが5人、各々楽器のようなものを持参して入ってきた時、隣にいた兄が「ZAZENBOYZ…」ってものすごい小さい声でぽそっと言ったのが耳に入ってきた時に笑いの方が大きくなった。
一度笑いを意識してしまうと「絶っっ対に笑えない」という状況下によって肥大化したおかしみがぱんぱんに膨らみ、頭の中を支配し始めた。

そうしたら今度はいとこが「あのお坊さん達、さっきメールアドレスの話でめっちゃ盛り上がってた」というさらにどうでも良い情報を耳打ちしてきたのでとうとう我慢しきれず笑ってしまった。
不謹慎という言葉が脳裏をよぎる。

そんなこんなで色々な感情が渦巻く中、無事にいろいろが終了した。
この3日間のことはものすごく簡単にまとめると「祖父が亡くなった、悲しかった、でもがんばろう」みたいな感じなんだけど、それだけでは片付けられない色々があったので少し怒られそうだけど書き残しておく。